2015年9月20日 望みの錨

 

 神を信じる者は、なぜ献金をするのであろうか。その理由は二つある。一つは神のため、もう一つは人のためである。
 神は金を必要としておられるわけではない。その金を使用するのは人間である。しかし、それは神の福音の伝道のため、人をささえるために用いられる。 
 この意味においては、献金は人のためである。しかし、神は、各人が自分のことばかり考えず、福音のこと、他人のことを考えることを喜ばれる。したがって、人が神の福音の伝道のことを思い、他人のために益となるように用いられることを考えて行なう献金を、神は喜ばれ、祝福される(「神は喜んで施す人を愛してくださるのである」(コリント第二9章7節)。
 この点から言えば、献金は神のためである。このような意味で献金は神のためであり、同時に人のためなのだ。      
佐藤陽二著『マルコ福音書講解』(アンカークロス出版)p.220より

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