2016年2月7日 望みの錨

 

 ダニエル・C・スティーアが言っている。人生というのは扱いやすいものだ。そのようにできているのだ。人生には感激があり、生きる価値がある。自信を深めようと思うなら、忘れてはならない二つの大切な考えがある。
 第一は、自分はこのような人間であると考えていることと、実際にあなたがどんな人間かということは、つねに一致しているということである。第二は、あなたは、もてる能力をまだ十分に発揮しきっていないということだ。潜在力や才能を覆い隠す何かがあり、あなたがなりたいと欲している人になるのを妨げているということである。この二つの基本的考えに加えて、第三の根本的真理がある。それは人生に関するものである。それはこういうことだ。人はだれでも、人生への恐れを取りのぞかねば、人生を真に生きたとはいえない。
 私は、聖書の教えが科学的なものであると主張してきた。聖書は、人間の心と行動の法則をはっきりと示している。条件がふさわしくととのえば、書かれているとおりのことが必ず起こるのである。実際、キリスト教というのは、その中心点では、まさしく科学であると考えてもいい。その教えを実行すると、必ずそのとおりの結果が生まれるのだから。たとえば、憎しみを抱けば、さらに憎しみを増すことになる。愛を行なえば、愛がさらに生まれる。否定的な考え方は、否定的な結果をもたらし、積極的考え方は、積極的な結果を実らせる。
 喜びと情熱をもって生きることは、身体的にも治療の効果をもっている。聖書には、最新の精神身体医学が到達した知見が、すでに語られている。「陽気な心は健康をよくし、陰気な心は骨を枯らす」(箴言17章22節)と。身体になにか重大な事態が起きたとき、消極的な人は、ふさぎこんで「笑ってなんかおれるか」と言うだろう。しかし、文字どおり笑いとばすこともできるのだ。生きたい、よくなりたい、という深い欲求をもって、喜びと積極的信念を科学的に生かすことによってである。
    N・V・ピール『積極的考え方の人生』(ダイヤモンド社)より

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