2016年3月6日 望みの錨

 

 私の祈りは、神を誉め称え、礼拝することから始まる。神はすべての創り主で、私のことを最初に考え、この世に生を授けてくださったお方である。そして、死を迎える瞬間、その愛なる腕にすべてをお委ねするのが神である。
 次に、私自身がどんな者であるかを認識する。人を傷つけたあらゆる自己中心的な決断、思い、願いを告白する。更に、プライド、傲慢があり、親切心と同情心が足りないことを告白する。取るに足らないことについて心配していることを告白する。わたしは、神に心を向けるのを怠ったことを告白する。その後で、感謝をする。肉体的・精神的健康が与えられていること、快適な家と十分な食料が与えられていること、愛する妻、二人の素晴らしい子ども、配慮し合う親類、友人、同僚がいて、楽しく充実した仕事が与えられていること、世界で最も偉大な国で自由に生きられること、そして何よりも、愛なる神と交われる信仰が与えられ、人生に目的と方向が与えられていることを。
 祈りの最後には、神に物事を願う。脳卒中で寝たきりとなり、話すことも食物を飲み込むこともできない父の世話をする母の肉体的・精神的な健康が守られるように。父のそばに主がいつもいてくださるように。祈ることを約束した多くの友人や同僚に祝福があるように。現在と未来のことを心配することがないよう、より深い信仰が与えられるように。(フィリピ4:6〜7 「(6)どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」)
 その後、私は主の御声に耳を傾けるのです。神が語ってくださる番である。地上での人生と、天上において与えられる最も親しいお方と時間を過ごすために、私は祈るのだ。
                                              医師 ハロルド・G・ケーニッヒ

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