2016年5月22日 望みの錨

 

夫婦は互いに従う

 夫婦は、教会でも家庭でも互いに従うことが必要です(「キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい」エフェソ五21)。しかし従うことのあらわれ方が、男性と女性とでは違っているのです。妻は自分の夫に従うことでそれをあらわし、夫は妻を愛することでそれをあらわします。  

妻の役割は従うこと 主に従うように

 「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです」(エフェソ五22-23)。妻は、キリストに従うような従い方が要求されているのです。「夫は妻のかしらである」とは、民主主義のルールで説明すれば、夫にも妻にも一票ずつの投票権があるが、夫にはさらに議長権があるということです。(議長権=採決を行って可否同数となった場合、議長自身がその議案の可決・否決を決めることをいう。)
夫の愛はいのちがけ いのちをかけた犠牲的な愛

 夫に要求されていることは、キリストがご自分のいのちを犠牲にされたように妻を愛することです。妻が、自分はいのちがけの愛で愛されていると自覚できたら、従うことなど問題ではないはずです。
 1)無条件の愛 2)目的をもった愛 3)思いやる愛 4)解消しない愛
 キリストの愛は無条件の愛です。罪や欠点や弱点があるならあるままで、招かれているのです。キリストの愛は、目的をもった愛です。「教会をきよめて聖なるものとするため」(エフェソ五26)とあるように、私たちを、傷のない者とするために愛して下さっています。思いやる愛「自分の妻を自分のからだのように」(エフェソ五28)、「これを養い育てます」。解消しない愛「妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる」(31節)。結ばれるとは、天国ののりで、のり付けするということです。問題が起っても、「離婚は絶対しない」と決心している夫婦は、必ずその問題を解決していきます。
 柿谷正期『しあわせな夫婦になるために』(いのちのことば社)より

                                            

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