2016年7月10日 望みの錨

 

霊の体は年と共に純度を高める     佐藤陽二『魂の神学』より

 魂が、心と体とを去ることが死と言われている(創世記35章18)。そして復活とは、その魂が、「神からいただく建物」(コリント第二・5章1)、すなわち「霊のからだ」(コリント第一・15章44)を与えられて生きることである。
 この霊の体は、死後ただちに与えられる(コリント第二・5章1)。一方、「終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる」(コリント第一・15章51)とある。この霊の体は、神とキリストとによる最後の審判のあとの、神の国の完成の時に与えられる、さらに高度な霊の体である。
 このことによって私たちは、次のことを知る。人間の肉の体は、年と共に滅びに向かって進んでいる。しかし霊の体は、年と共に純度を高め、完成へ向かって進んでいるということである。
 イエス・キリストのよみがえりを記念するイースター(復活節)は、この意味において死は終りでないことを私たちに教えてくれる。死者の魂は、死後すぐに霊の体を着て、主イエスによって備えられた場所へ移される(ヨハネ14章2、3)。そして霊の体の完成へ向かって働き続けるのである。また、先に天へ召された者との再会の希望をイースターは与えてくれる(マタイ12章50)

                                            

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