2016年8月28日 望みの錨

  わたしは巡回説教者として1947年頃、東テューペロ・アセンブリ・オフ・ゴッド教会を訪れました。そこで、コリーン・ランダルと出会い、結婚しました。そして、会員数30名ほどのその教会の牧師となったのです。ヴァーノン、グラディスとエルヴィスは、親戚のセールとアニー・プレスリーと共に教会に来ていました。皆、親しい間柄でした。わたしの妻コリーンの母アメリアは、エルヴィスの日曜学校の教師でした。エルヴィスは普通の少年で、教会でもお行儀がよかったので、アメリアは特別彼を気に留めることもありませんでした。

 教会の聖歌隊は、メンバーが決まっておらず、誰でも前に出てきて歌えました。エルヴィスも10歳か11歳になると、礼拝で時折歌うようになりました。マグダレン・モーガンがピアノを弾き、エルヴィスは彼女と共に歌いました。ある日曜の午後、エルヴィスはわたしたちと一緒にモーガン家にお昼を食べに行ったことがあります。そのとき、マグダレンとエルヴィスの写真を撮りました。

 私はギターを弾くので、エルヴィスを含む数人の男の子たちにギターを教え、エルヴィスには最初の手ほどきとして、いくつかのコードを教えました。彼の家族が町に引っ越すと、わたしは東テューペロからノース・グリーン通りまで歩いて行き、彼にギターを教えました。少年エルヴィスの声も演奏も、特別際立ったものではありませんでしたが、彼はいつも熱心で、礼儀正しかったです。後に彼は教本を使って自分で学び続けました。 彼の声は神からの賜物でした(訳注 ヤコブ1の17「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです」)。多くの者が彼の真似をしましたが、彼は誰の真似もしていません。彼の動き、歌うときの旋回動作は、独特のものです。それらは、教会で身に着けたものでもなく、他の歌手の真似でもありません。彼は、東テューペロで始めた、自分のやり方を保っただけです。     フランク・スミス牧師 

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