2017年11月12日 望みの錨

天使とは何ぞや

明治42年10月10日『聖書之研究』113号 内村鑑三全集16より抜粋

 天使とは肩に翼を生じ、童顔清姿、天地の間を?翔(かうしやう)し、神と人との間に介在して前者の聖旨(せいし=おぼしめし)を後者に伝ふる者であるとは人に由て一般に信ぜらるゝ所である、然し聖書の示す所の天使とは果して斯(か)かる者である乎(か)、…
一、天使とは天人である、人の如き霊を有(も)つも、人の如き肉と情とを具へざる霊的実在物である、…人の場合に於ても彼は肉のみに非ずして又た霊であれば、彼が肉を脱して後は天使の如き者となりて其霊的存在を続くるならんとは信ずるに余り難いことではない、…即ちキリストの曰(い)ひ給ひしが如し、
    それ死より甦(よみがへ)る時は娶(めと)らず、嫁(とつ)がず、
天にある使者等(つかひたち)の如しと(馬可(マルコ)伝十二章廿五節)
…神は霊であるが故に、彼は肉を具へたる人の外に己に似たる天使をも造り給へりとは信ずるに難い事ではない、
二、天使は天の使即ち神の使者である。故に神の命を人に伝へ、神の旨を此世に於て行ふ者はすべて天使である、必しも肉を具へざる天人に限らない、肉を具へたる人でも、亦或る場合に於ては悪人でも、天使として使はれることがある、聖書に謂(い)ふ所の天使なる者の多くの場合に於ては此意味に於ての天使である、彼は天より福(よ)き音(おとづれ)を齎(もた)らす者である、嘉(よ)き恩賜(たまもの)を持来る者である、……聖書全体の記事に由れば、すべて人として知られたる神の使者は人として記され、如何なる人なりしか、其姓も名も分明(ぶんみょう)せざりし者は単に天使として録されてあるやうに見える。
三、聖書に謂ふ所の天使なる者は、其多くの場合に於て、…風、火、水、電気等の天然力であつたことである、言ふまでもなく昔時(むかし)の人は小児の如くに万物を人格視したる者である、彼等に取りては彼らの所謂(いわゆる)火、水、土、気の四行なる者は単に物質の力ではなくして、活きたる霊を具へたる者であった、彼等に取りては物に死物と生物との区別は無かつた、彼等に唯神と万物との区別があつたのみである、人と天使との区別が判然せざりしが如くに、人と物との区別も判然しなかつた、随(したがつ)て人が天使と見做(みな)されしが如くに、火も水も風も電気も時には天使と看做されたのである、
希伯来(ヘブル)書の記者は詩篇の言を藉(か)りて左の如くに云ふて居る、
彼れ(神)その使者を風となし/其役(つか)はるゝ者を火焔(ほのほ)と
なす  と(一章七節)、

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