2017年9月10日 望みの錨

聖書の読み方

佐藤陽二著『キリスト教入門』(アンカークロス出版)より
 聖書は、男性にも女性にも、大人にも子供にも、老人にも青年にも、また、順境の時も逆境の時も、いついかなるときでも、一生涯役に立つ書物なのである。「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである」(テモテ第二・三章一六、一七)とあるのは、この事実を言っている。
聖書は、現世において、有益であるだけでなく、聖書によって生活していると、いつのまにか来世にたいしても、すっかり準備されるのである。こうして聖書は、世界のすべての人々に、真の幸福を与えてくれている。
 このようなわけであるから、第一に、聖書は毎日読む必要がある。そして自分の読んで分かったところを生活に結びつけ、そこを足場にして、さらに読んでいくのである。このようにして、聖書を味わっていると、今まで分からなかったところが、誰に聞いたわけでもないのに分かってくる。第二に、自分の信頼できる先生や友人から聖書を学ぶ必要がある。そして、学んだところを、自分の生活で実験してみるのである。
 信仰を学ぶためには、新約聖書から読むことがよい。はじめに福音書、つぎに使徒行伝、それから手紙を読み、さらにあらためて新約を一通り読むのがよいようである。それから旧約聖書にうつるようにする。旧約は、新約の光で読む必要があるからである。旧約を読むときは、まず創世記を読み、次に詩篇を読み、それからイザヤ書を読み、さらにもう一度、創世記から読み通すのがよい。このとき大切なことは、聖書と論じ合うのではなく、聖書の語りかけにたいして、応答するつもりで読むことである。そうすれば、今まで分からなかった神とキリストと人間のことが分かり、確信と希望とが与えられる。聖書を本当に理解するためには「祈りつつ読め、読みつつ祈れ」という言葉がある。

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