2017年5月6日 望みの錨

内村鑑三 軍人の信仰 (内村鑑三全集27)より抜粋

 馬太伝の記事に依れば、第一に癒されし者はユダヤ人であって、…第二に癒されし者は異邦人であって、彼は羅馬(ローマ)軍隊に属する百夫の長(おさ)の僕(しもべ)であった。百夫の長は今日で云へば小隊長又は中隊長である。訓練されたる羅馬軍隊に於ける少尉又中尉である。低級士官ではあったが、克(よ)く羅馬軍人の精神を現はし、規律正しく、威権あり、厳粛であって、克く上官の命に服すると同時に又、部下をして克く己が命に従はしめた。羅馬帝国の偉大は此厳粛なる軍隊に由て得られ又維持せられたのである。軍隊は必しも圧制の道具でない。克く之を使用して平和は確立せられ又支持せらる。羅馬帝国四百年の平和は其面に於て慥(たし)かに其有力なる軍隊の賜物であった。其保護ありしが故に使徒等は比較的短時日に当時の文明世界を福音化する事が出来たのである。秩序法律は基督教の重ずる所である。随(したが)って其維持の任に当りし羅馬軍人は自(おの)づから福音に惹(ひ)かされ、其尊崇家又は求道者であった。…斯(か)くしてイエスは軍人を愛し、軍人はイエスを愛した。軍人が若し真の軍人ならば斯くあるが当然である。…
 此異邦人、而(しか)も此異邦の軍人に、稀(まれ)に見る篤(あつ)き信仰があった。(路加伝七章六‐八節)…何事も命令と服従とを以て行はるゝ軍隊に生くる者は、何人に対しても此精神を以て臨むのである。そしてイエスは此精神を愛(めで)たまうた。
 そしてイエスは茲に彼の理想を発表し給うたに止まらない。彼は先づ直に百夫の長の僕の疾病(やまひ)を癒して彼の言を実行し給うた。そして当時(そのとき)より今日に至るまで東西の軍人階級より許多(あまた)の忠実なる弟子を選び給うて此言を実行し給うた。キリストの地上の教会を称してChurch militant (戦闘の教会)と云ふ。基督教の信仰は言ふまでもなく戦闘の一種であって、闘志なき者の維持する事の出来ない者である。其意味に於て教会は軍隊の一種である。此は法律家や思想家の弁論会でない。汝往けと命ずれば往き、来れと命ずれば来る者の衆合である。即ち権威の行はるゝ所であって、議論の行はるゝ所でない。茲に於てか其の指導の任に当りし者は多くは軍人の家に生れし者か、又は軍人気質(かたぎ)の人であった。…イエスは平和の君であるが、其部下として忠実なる軍人を求め給ふ。そして軍人が福音の戦士と化せし時に、最も有力なる平和の使者と成るのである。
 …基督教は哲学的宗教なりと称し、先づ其の哲学的根柢を究はめて然る後に起つと言ふ者の如きは、到底イエスの忠実なる弟子たる能はざる者である。…法学士又は思想家又は芸術家が一生かゝってイエスを究めて彼を識る能はざるは、彼等に軍人其他凡ての偽はりなき人々にある此信頼の心がないからである。…君命維(こ)れ従ふの外、何事をも知らざる心を以てイエスに臨んでこそ、彼がまことに神の子、人類の王、我が全身を捧げて誤らざる者である事が判明するのである。此点から見て貴きは日本の武士道である。武士道は福音を接木(つぎき)するに最も良き台木(だいき)である。此木に接ぐに此嫩枝(わかえだ)を以てして、良き果を結ばざるを得ない。日本に於ける武士道の衰退は福音のために最も歎かはしき事である。此は日本の精華であって、多分亜細亜(アジア)文明が生んだ最善のものであらう。願ふ其の全く絶えざるに方て福音を接受するに至らん事を。     (以上、大正13年4月10日)

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