2018年7月29日 望みの錨

武士道と自衛隊と勝海舟

2004年4月7日 宇佐美 保[戸山高校3年A組 昭和33年卒] (抜粋)
 (新渡戸稲造の)『武士道』に於ける最も重要と私が思っている点「武人の究極の理想は平和である」を抜粋します。「武士道は適切な刀の使用を強調し、不当不正な使用に対しては厳しく非難し、かつそれを忌み嫌った。やたらと刀を振りまわす者は、むしろ卑怯者か、虚勢をはる者とされた。沈着冷静な人物は、刀を用いるべきときはどのような場合であるかを知っている。そしてそのような機会はじつのところ、ごく稀にしかやってこないのである」大義もなく、イラクにかってに攻め込んだ米国、そして、米国を支持した我が国は、“やたらと刀を振りまわす者は、むしろ卑怯者か、虚勢をはる者”ではありませんか?!
 そして、この続きを掲げます。「勝海舟…は旧幕時代のある時期、ほとんどのことを彼一人で決定しうる権限を委ねられていた。そのために再三、暗殺の対象に選ばれていた。しかし彼はけっして自分の剣を血塗らせることはなかった。勝海舟は…次のように語っている。『私は人を殺すのが大嫌ひで、一人でも殺したものはないよ。みんな逃して、殺すべきものでも、マアマアと言って放って置いた。…私が殺されなかったのは、無辜(むこ―何の罪もない人)を殺さなかった故かも知れんよ。刀でも、ひどく丈夫に結えて、決して抜けないようにしてあった。人に斬られても、こちらは斬らぬといふ覚悟だった…』(『海舟座談』)よく知られている格言に『負けるが勝ち』というものがある。この格言は、真の勝利は暴徒にむやみに抵抗することではないことを意味している。また『血を見ない勝利こそ最善の勝利』とか、これに類する格言がある。これらの格言は、武人の究極の理想は平和であることを示している。この崇高な理想が僧侶や道徳家の説教だけに任され、他方、サムライは武芸の稽古や、武芸の賞揚に明け暮れたのはまことに残念きわまりない」
 この勝海舟の言動を、“自衛隊の実質は軍隊である”とか、“言葉と実体が合致するように、憲法を改正して自衛隊を軍隊と改名すべし!”とほざく小泉首相らは勝海舟に多くを学ぶべきです。…勝海舟の「丈夫に結えて、決して抜けないようにしてあった刀」は、全く我が国の自衛隊そのものではありませんか!?(勝海舟は、「丸腰(全く武装していない状態)」ではなくて「決して抜けない刀(自衛隊)」を帯びていたのです。)そして、『武士道』に於ける「負けるが勝ち」「血を見ない勝利こそ最善の勝利」「武人の究極の理想は平和」を私達は、改めて肝に銘じるべきです。
勝海舟の「決して抜けない刀(自衛隊)」が、たとえ、憲法九条の第2項(戦力の不保持)に違反していても、「丸腰(全く武装していない状態)」に到達出来るまでの、法華経が説く七喩の一つである「仮城」(旅行者が最終の目的地があまりに遠いので途中で旅を放棄しないように、中間に神通力による城を造り、そこでいったん休んだうえで旅を続けさせるという話)ではありませんか!?

HOME