『海軍大将 井上成美』を工藤美知尋氏が出版された。これは、井上大将が洗礼を受けたクリスチャンであった、と初めて証言した単行本である。
井上成美は、珊瑚海(さんごかい)海戦の指揮官として参戦した。珊瑚海海戦とは、一九四二年(昭和十七年)五月上旬、米軍の強力な航空基地がある、パプアニューギニアの首都ポートモレスビー攻略を目指す日本海軍と、それを阻止しようとする連合国(アメリカ合衆国・オーストラリア)軍の間で発生した海戦である。この海戦は、史上初の航空母艦同士の戦闘で、日米両軍とも空母を1隻ずつ失った。しかし、そのときの現場の指揮官から、「敵空母二隻撃沈」「本日第二次攻撃ノ見込ミナシ」との報告があったことから、井上は現地指揮官の判断を尊重し、攻撃中止命令を出した。結局、日本はポートモレスビーを攻略することはなく、作戦は失敗したため、井上は「弱虫!」とのレッテルを貼られる。しかし、日本側の使用可能機がわずか39機だったため、ポートモレスビー攻略を成し遂げることは不可能だったであろう。
日本軍には、防御よりも、先手を打って攻撃するという考え方が強かった。例えば、零戦には防弾装備は一切ない。日本軍は「神がかり的」になっていたのだろうか。そんな中で、井上成美は物事を総合的に判断する「良識」を備えていた。それゆえ本書には、「海軍良識派」の一人とある。「日本海軍にあって井上成美ほど、日本が対米英戦争に突入すれば必ず敗北すると確信していた提督はいなかった。井上は昭和19年8月、海軍次官(海軍省と軍令部の間に立つ要職)に就任すると、…一日も早くこの戦を終結に持ち込むべく、密かに終戦工作に着手した。戦前・戦中・戦後を通して、日本のリーダーの中で井上成美ほど自らの生き方に厳しく、高潔であった人間はいなかった」と、工藤氏は記している。