2026年御翼3月号その1

 

数千人のユダヤ人を救った陸軍少将・樋口季一郎

  
 モーセやアインシュタインなど、ユダヤ民族に貢献した世界的に有名なユダヤ人の名が集められたゴールデン・ブック(イスラエルの財団が発行している名簿)というものがある。その四番目に日本人の名が刻まれているが、ユダヤ難民にビザを発給し続け、六千人の命を救った「杉原千畝」ではない。それは、杉原が偉業を成し遂げる二年前、数千人(二万人とも言われている)のユダヤ人を危機から救った陸軍少将・樋口季一郎(一八八八~一九七〇)である。
 一九三八年、ナチスドイツの迫害から逃れ、ビザの制限が緩くコミュニティがある上海を目指そうと、ユダヤ人がシベリア鉄道で旧満州国に押し寄せていた。彼らは、亡命先である米国の上海租界に行くためには満州国を通らなければならない。その満州国の外交部が入国の許可を渋り、足止めされていたのだ。氷点下20度以下の寒さでの野宿、飢えに苦しみ凍死する人も増えていった。窮状を知った樋口(当時ハルピン陸軍特務機関長)は自らの判断で旧満州国外交部に強く働きかけ、ユダヤ人の入国と通過を認めさせる。シベリア鉄道で大陸を渡り上海へ逃れる道は、やがてユダヤ人の間で「ヒグチルート」と呼ばれるようになった。ヒグチルートを使って移動したユダヤ人は、少なくとも数千人以上と考えられている。
 一方で、日本と軍事的関係を深めていたドイツは、樋口の判断に対し、外交ルートを通じて猛抗議してきた。陸軍内部でも批判が高まり、関東軍内部では樋口に対する処分を求める声が上がる。関東軍司令部に呼び出された樋口は、当時参謀長を務めていた東条英機にこう述べた。「私のとった行動は間違っていないと信じています。ドイツは同盟国ですが、そのやり方がユダヤ人を死に追いやるものであるなら、それは人道上の敵です。人道に反するドイツの処置に屈するわけにはいきません。私は日本とドイツの友好を希望します。しかし、日本はドイツの属国ではありません。東条参謀長! ヒトラーのお先棒をかついで弱い者いじめをすることを正しいとお思いになりますか」これを聞いた東条は「よくわかった。ちゃんと筋が通っている。私からはこの問題は不問に付するように伝えておこう」と樋口の言い分を認め、ドイツ政府に対しても、ユダヤ人救出は当然なる人道上の配慮によって行ったものだ、と抗議を一蹴した。
 この出来事は、樋口季一郎の孫・隆一氏が著書で証言している。樋口隆一氏(麻布高校卒、慶應義塾大学文学部卒、同大学院修士課程修了、日本の音楽学者、指揮者)は明治学院大学名誉教授であり、「教会カンタータに関する研究」で哲学博士の学位を取得している。家系的にはキリスト教が身近だったのかもしれない。                   
御翼2023年3月号その1より


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