フルート奏者の紫園 香さんは、クリスチャンになる前、愛する能力、経済力(普通の生活が守られる経済的基盤)、健康の三つがあれば、安泰な人生を歩めると信じ、それを努力目標としてきた。しかし、これらが突然、簡単に取り去られたのだった。
あるとき、自己中心性ゆえに人を愛する能力に欠けていることに気付く。経済的基盤は、「プチプチ」のビニールシートを開発した父親の会社が、不渡り手形による連鎖倒産で失われた。紫園さんは、十年間、ほとんど休日もなくいろいろな音楽教室で働いた結果、病気になった。腹部を切る手術をすることとなり、フルート奏者としてやっていくのは無理かもしれないことがわかった。しかし、腹筋に傷をつけないで手術をする医師と出会えて、演奏活動は続けられた。愛するということも含めた「能力」、「経済的基盤」、「健康」は、人生をより良く生きていくための三種の神器だった。それらが簡単に取り去られ、何を目指して努力すれば良いのかわからなくなった。そんな折、恩師(藝大大学院の指導教官)の紹介で、品川教会のフルート教室講師となる。これがきっかけで、自分の自己中心という罪をイエス様が担って、代わりに十字架で死んでくださり、罪を滅ぼしてくださったと知る。イエス様は死からよみがえられ、今、私とともに生きていてくださる。古い自分は死に、洗礼によって新しい命をいただいたのだった。
現在、音楽伝道師として世界二千箇所でチャペルコンサートをしてきたが、チャペルコンサートは演奏家、信仰者にとって一番厳しい資質を問われることが分かった。クラシックのコンサートは愛好家が集うが、チャベルコンサートには、病気、家族の重荷、経済的な問題など、様々な悩みをもって人々は集う。ある時は、自殺しようと街をさまよっていた青年が、チャペルコンサートの看板を見て会場に入ってきてコンサートを聴き、自殺を思いとどまり、後に教会に連なったと、何年か後にその教会の牧師から聞いた。チャペルコンサートは人間の「霊」の生死がかかっている最前線の現場なのだ。そこでは華やかな技巧や、素晴らしい曲を披露するだけでは何も起こらない。神様が聖霊の風を吹かせてくださることをひたすら祈りながら準備をするのだという。
二〇一二年、紫園さんは新宿クラス指導中に目まいに襲われ、まっすぐ立っていられなくなった。救急外来に担ぎ込まれ、過労のため耳石(じせき)がはがれ落ちた結果と判明、嘔吐し続け三週間動けなかった。祈りの中で悔い改めると、以下の言葉が出てきたと言う。「有名になりたかったんです。誰よりも才能があると認められたかったんです。三十年前、父の会社倒産で何もかもなくなって、父と毋のためにも私が頑張らなくては、と思ってやってきました。世界のクリスチャン界では、一流の音楽家たちが活躍しています。でも日本ではクリスチャンは少数派。まだまだ遅れています。チャペルコンサートなんか、と上から目線で見るクラシック界の風潮も見返したかったのです。また男社会の中で、「女流」フルーティストといわれ続けてきたことも、私の負けず嫌いに火をつけていました。
神様、ごめんなさい!ずっとあなたに感謝と賛美をささげ、あなたの素晴らしい愛を伝えたくて、フルートを吹いてきたつもりでしたが、いつの間にか私はあなたを利用していたのかもしれません。神様、この私の傲慢さ、汚さ、愛のなさ、見せかけることの上手さ、競争心、人をさばく心……すべてを砕いてペチャンコにしてください!」と。すると携帯が鴒り、京都の友人からメールが送られてきた。それには、「『わたしがしていることは、今は分からなくても、後で分かるようになります』(ヨハネの福音書一三章七節)僕たちも紫園さんが一日も早く良くなられますよう、涙をもって祈っていきます」と書かれていた。そして神様は、「どんな谷間も屈辱も恐れることはない。私が共にいるからだ」と語ってくださった。「今から考えれば、時間こそかかったが、すべて「大丈夫」だった。試練は神様からのプレゼント。そのおかげで神様に出会うことができた。傷口から神様の愛がしみてきた。現在の歩みは、若い頃思い描いた人生とは全く別の歩みだが、神様が始められた道を、神様ご自身が責任をもって導き、歩ませてくださる」と紫園さんは記している。
御翼2023年6月号掲載