日章丸事件、出光佐三(いでみつさぞう)と宗像(むなかた)大社
今年二月にイランが米国とイスラエルの攻撃を受け、ホルムズ海峡が封鎖される中、日本時間四月二十九日未明、出光興産の原油タンカー「出光丸」が海峡を通過、六十二日ぶりにペルシャ湾を脱出した。その直後、駐日イラン大使館がSNSに、およそ七十年前の「日章丸事件」について投稿した。「出光興産が所有する『日章丸』の歴史的な任務は、両国間の長きにわたる友情の証しだ」と。
戦後、イランの石油権利は英国資本に独占されており、一九五一年にイランは石油の国有化を断行した。すると英国はペルシャ湾に軍艦を派遣、イランへ石油の買い付けに来たタンカーは撃沈すると表明した。一方、日本は戦後英国や米国などの連合国による占領を受け、独自のルートで石油を輸入することが困難で、質の悪い石油を買わされていた。それが経済発展の足かせとなっていた。イラン国民の貧窮と日本の経済発展の阻害を憂慮した出光興産社長の出光佐三は、英国の経済制裁に国際法上の正当性は無いと判断し、極秘裏にタンカー日章丸を派遣、イランから原油を輸入した。このとき、イラン政府は無償で原油を分けてくれたという(二、三回目は半額)。
これを実現した出光佐三は一八八五(明治18)年、福岡県宗像郡に生まれる。神戸高等商業学校(現・神戸大学)を卒業後、当時は誰も注目していなかった石油事業を始める。その経営方針は「人間尊重」であり、社員を家族のように扱い、対米戦争で設備もタンカーもすべて失っても、約千人の従業員を解雇せず、会社を復興させた。出光氏の名言格言は、「自立して国家と国民、人類の幸福のために尽くせ」「わが社の資本はカネではなく人間だ。カネは資本の一部だ。いちばん大切なのは人」「権力の奴隷になるな」「禅的な言葉でいえば自分を殺す、身を犠牲にするというか克己の精神、これが私の信念である」などである。
出光氏は宗像大社(当時は宗像神社)を生涯篤く崇敬し、私財を投じて再興させ、その功績もあり宗像大社は世界文化遺産に登録されている。出光氏は、人間尊重と大家族主義、互譲(ごじょう)互助(ごじょ)(譲り合い助け合う)、無我無私などを宗像大社から教わったこととされる。そこから対立よりも調和を重んじる経営、国家や取引先との信義を守る姿勢などが生まれ、日章丸事件の行動にもつながった。
冒頭にあったように神道は聖書、特にモーセ五書を教えるものであった。出光氏は宗像神社を再興させるとき、沖ノ島を初めて発掘調査させた。そこからは十字架と思われる祭具が出土している。そして、「ムナカタ」と発音される言葉の語源は、ヘブライ語の可能性があるという。「ムナカタ」の「ムナ」はヘブライ語ではמונה(Moonah ムナ) と書き、この言葉には「任命された」「約束された」という意味がある。そして「カタ」は、חתן(khatan カタン)の語尾が落ちた発音と考えられ、「花婿」を意味する。すると、「ムナ」と「カタ(ン)」を合わせて「ムナカタ」となり、ヘブライ語で「約束の花婿」となる。新約聖書ではイエス・キリストが花婿、イスラエルが花嫁として記載されている。つまり「ムナカタ」とは、花嫁イスラエルを「約束された花婿」である神が迎えるという意味なのだ。花嫁であるイスラエルの民が、神の言葉を信じつつ長い年月をかけて大陸を横断し、時には海を渡って倭国まで導かれた暁に、遂に約束の花婿が現れ、出迎えを受けるという至福の意を込めた言葉が「ムナカタ」である。神の導きにより、国家を失った民が「ムナカタ」にて希望に満ちた新天地を見出し、新しい王国をそこに築く確信を得られた、これが「宗像」の存在意義だったのだ。
御翼2026年5月号その3掲載
