ニュースレター61号 P1~2
第40回世界大会基調講演 2016年8月18日(木)~24日(水)
「引き裂かれた希望と打ち砕かれた命」
セブンスデーアドベンチスト教団世界総会 健康部長
アラン・ハンディサイズ博士(Allan Handysides, M.B.)
アルコールは社会的損失を引き起こす
WCTUがクリスチャンの集まりであることの価値を強調したい。私のバックグラウンドはセブンスデーアドベンチスト教会の、害のある物は全て取り去るという考え方である。アルコールは、様々な形で用いられ応用される多くの種類の物質を指している。アルコールは医療器具を拭いたり手を消毒したりするのに使われ、咳止めとしても、メタノールとエチレングリコール中毒の解毒剤としても使われている。また、燃料として、ガソリンの増量剤にも使われている。その結果、ホルムアルデヒドの排出が地上オゾンの増加につながることもあるが、有害廃棄物排出を減らすことも事実である。
しかし、人間によるアルコール摂取は、脳、胃腸系はじめ多くの器官に毒性作用を起こす結果となる。その影響の最も重要なことは、胎児性アルコール症候群(FAS)と胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)を引き起こすことに関わっていることである。クリスチャン女性禁酒同盟(WCTU)は、時として人々から時代遅れのようにみなされることがある。けれども、決して前世紀の遺物、絶滅危惧種ではない。今日、我々は歴史の中において最もやりがいのある仕事を担っているのだ。世界保健機関(WHO)によるアルコールの有害な使用を減らすための地球規模の戦略によると、「アルコールの有害な使用は、毎年250万人の死を引き起こしていて、そのうちの若者の割合はかなり高い」「アルコール使用は、上位4つの主要な非伝染性疾患の回避可能な危険要因の一つである」とのことだ。
我々は、会議でよくアルコールの化学的、毒物的な面に焦点をあてているが、その一方で、社会的、遺伝的、文化的、経済的な面を無視しがちだ。胎児性アルコールスペクトラム障害は公衆衛生上の問題なのだ。社会の構成員として我々はアルコールに対する態度と認識を再考することが必要である。
地域社会の実情と関わって
マリオン・ウィリアムズは南アフリカの西ケープで、アルコールに関わる多くの典型的な問題を抱えていた。マリオンはそこに住んでいるのだが、FAS(胎児性アルコール症候群)とFASD(胎児性アルコールスペクトラム障害)に部分的にかかっている500万人とともに完全にかかってしまっている少なくとも100万人がいるのだ。この数字は驚くべきことだ。ダウン症と神経管障害が合わさったものよりFASDは南アフリカでは最も一般的な先天性障害なのだろうか。南アフリカの遺伝学者であり研究者のデニス・ヴィリョーエンは、彼のケープタウンの遺伝子クリニックの子どもたち10人に1人がアルコールの影響を受けていることを見つけ出した。西ケープで生まれる赤ちゃんの7~8%がFASやFASDにかかっているということがあり得るだろうか。2005年のアメリカの研究では1000人の出生につき0.97という数字が推定されているが、FASDに関わる信頼できるデータは不足している。近年の新しい事例の急増は、新しいケースが起こっているよりむしろ、それが判明したケースの増加によると思われる。
大きな影響を受けているコミュニティーは、貧困で十分に教育を受けられない、社会的に搾取されているところ、南アフリカのケープ地方の土着民、オーストラリアのアボリジニ、北アメリカ「最初の国」のネイティヴ・アメリカ人のグループなどで、社会的状況の標識といえる。南アフリカの習慣で、今は禁止されている「酒ちょっと」制度は、労働者の報酬を酒で支払うものであり、西ケープで長い間、母親が酒を飲むことを引き起こし、アルコール中毒文化が確立する原因となった。
また、ロシアやウクライナから赤ちゃんを養子とした養父母の中には、徐々に、引き裂かれ、打ち砕かれた希望を意識するようになってきた人々がいる。すなわち、彼ら自身と養子に出された子ども両方の、引き裂かれ、打ち砕かれた希望のことを。
数年前ウクライナを訪問したとき、私は児童養護施設で年長児と遊んだ後、保育園に連れて行かれた。そこには10人の子どもたちがいたが、小児科と産科の背景をもつ私は、これら10人のうち4人が目や口にFAS(胎児性アルコール症候群)の特徴を示していることにショックを受けた。これだけ高い確率で起こっている状況を見るのは稀である。この状況はモスクワの研究者によってずっと確認されてきていて、エレナ・ヴァラヴィコワ博士は、大きい流行に直面し、この問題に関して医者や看護師が女性との効果的な教育的対話ができていないことを深く悲しんでいる。ロシアでは、サンクトペテルブルク大学などの研究者によって、アメリカ疾病予防センターの資金助成を受けたアメリカの大学と協力して、妊娠中の女性が飲酒することを防ぐプロジェクトに関する働きが行われている。
胎児への悪影響は男性女性の両方から
私が以前過ごしたことのあるキング・エドワード第7病院では毎週金曜と土曜の夜、外科の研修医はアルコール関連の精神的外傷の手当てに大きな重荷をもって取り組んでいる。アルコール摂取に関わる対人トラブルは、一晩に20件もの「腹部刺し傷」を引き起こしているからだ。胎盤からのアルコール摂取に潜む損傷は、外科的措置によって修正することができない結果をもたらすのである。米国の医療ジャーナル2004における研究は、生産性の低下、生涯の治療費用、リハビリを含む社会的経費を1998年USドルでおよそ40億ドルと見積もった。
アルコールに溺れている多くの妊婦は「隠れ酒飲み(クローゼットドランカー)」になる。私の叔母は隠れアルコール中毒で死に至った。そして私のいとこである彼女の娘は、40年ものアルコールとの戦いを経験している。そのような女性たちは自分を恥じている。「キリスト教組織」である私たちは、FASDの赤ちゃんを持った母親に対して大きな憐れみを持って対処しなければならない。FASDやFASの子どもを持つ母親を「故意に胎児に害を与える選択をした不注意で資格のない母親」と決めつけることは簡単だ。しかしそれは不当である。ニュージーランドの研究によると、FASDの子どもを持つ母親のすべてがアルコールを故意に飲んだのではないことが明らかになっている。アルコール消費の激しいこの時代において、妊娠に気付いていない母親も多くいるという事例も示されている。これは低社会経済、低教育レベルの中で起きていることを我々は注意しなければならない。そして、以下の3つの「知らない」ことについて対処すべきなのだ。
アルコールの胎児に対する影響について知らないこと。
母親が気付いていない妊娠初期のアルコール摂取により大きなリスクがあること。
どんなアプローチがベストかを知らない一般社会の我々。
アルコールの胎児への悪影響は、妊娠中の母親ばかりか、男性のアルコール摂取にも関係がある。彼らの精子の遺伝子を変化させてしまうことがあるのだ。父親のアルコール消費が、生まれる子どもの体重減少と認知障害に関係していることも言われている。FASDの子どもを持つ多くの女性が、自分の妊娠中に自分の夫やパートナーが大量に飲酒していたと述べている。「主を愛し、主の命令に従う多くの人々」の団体である「WCTU(クリスチャン女性禁酒同盟)」は、女性のみならず男性にも伝え教育する働きがある。男性、女性両方から生じる子どもへのアルコールの悪影響の調査においては、まだ潜在的な父親と母親である時期からの禁酒を強調している。我々もそれに同意する。
チャレンジに応えよう
アルコール摂取がもたらす複数世代にわたって起こる深刻な結果によって、希望が打ち砕かれ、命が壊されてしまう。それなのに私たちは、「責任を持って飲酒する」という決まり文句によってアルコールの影響を覆い隠している。アルコール問題を懸念する人々が緩やかなアプローチを進める中、社会は深刻な問題に直面しているのである。アルコール中毒者固有の遺伝子の問題、社会経済への圧迫、男性女性両方からの子どもへの悪影響は、禁酒することによって優れた結果が与えられることが示されている。
慰めをもってボトルを取り上げよう。アルコール摂取から抜け出せない人たちや、罪の重荷が重くのしかかっているFASDの子どもを持つ親たちをどう支えるか、あなたがたはあなたがたにできることをチャレンジされている。クリスチャンとして豊かに与えられていることを覚え、チャレンジに応えよう。
(日本語訳:津田雅子 まとめ:荒川明子)